大阪府公文書館 - 大阪あーかいぶず第60号
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あーかいぶす第60号

「あーかいぶず(Archives)」とは、英語で公文書、文書館という意味です。
 第60号  令和4年3月
大阪府公文書館発行

大阪府広報担当副知事「もずやん」
 
 目   次
令和4年度上期企画展示開催のお知らせ ………………………………1
令和3年度歴史講座を開催しました……………………………3
第36回大阪府公文書館運営懇談会を開催しました………………4
公文書館利用案内………………………………………………………4

令和4年度上期企画展示開催のお知らせ
 大阪府公文書館では、令和4年4月1日から9月30日まで、「所蔵資料からみる 明治時代の大阪」と題して企画展示を開催します。
「東洋のマンチェスター」と形容され近代化が進む明治時代の大阪で、小さい万博とも言われた「第5回内国勧業博覧会」が開催されました。この博覧会は、初めて諸外国が出品するなど産業奨励会として国内最大規模で開催され、産業の発展に大きな影響を与えたと言われています。今期の企画展示は、この「第5回内国勧業博覧会」を取り上げます。
 その他、「府治提要草案」等の歴史的公文書や、地域の歴史を読み解く貴重な資料である神社・寺院明細帳なども展示し、公文書館の所蔵資料から明治期の大阪を振り返ります。
 常設展示では、「大阪府鳥瞰図(ちょうかんず)」(吉田初三郎画、1932年)の展示と解説、また、公文書館のあゆみを年表などで紹介しています。

◇「第5回内国勧業博覧会と大阪 ―明治の万博―」
 明治36年(1903年)3月1日~7月31日までの計153日間、第5回目の内国勧業博覧会は、現在の大阪、天王寺公園一帯で開催されました。第1回から第4回までの内国勧業博覧会は、日本各地からの出品を中心に展示した博覧会であったのに対し、第5回では、はじめて外国からの出品を認め、国内だけでなく、海外からの視線を強く意識したものとなりました。出品を行ったのは、英国やドイツ、フランス、カナダなど14か国18地域に及び、機械類が大部分を占めていました。

 また、博覧会会場には、メリーゴーランドや舟すべり(ウォーターシュート)といった珍しい娯楽施設が設けられ、人気を呼びました。さらに、博覧会史上はじめて夜間開場が行われ、クラシック様式の洋館や、会場内の噴水などが電灯で彩られ、会期中の来場者は、のべ約530万人と、博覧会始まって以来最多を記録するなど、明治の万博ともいえる博覧会の様子を当時の絵図や公文書などをもとに振り返ります。

◇公文書からみた明治期の神社と寺院
 明治政府が、神社と寺院の実態を把握するため、全国の府県に命じて作製させた、神社明細帳や寺院明細帳などを紹介します。これらの簿冊資料は、地域の歴史を読み解く大変貴重な資料で、当館で閲覧申請の多い資料のひとつです。
本展示では身近な地域の神社・寺院がどのような過程をへて公文書にまとめられたのかを紹介します。

◇明治期の歴史的公文書
 所蔵歴史的公文書から明治期の大阪を振り返ります。

・府治提要草案
 この史料には、明治維新以降の大阪府行政の変遷が記されています。
慶応3年(1867)12月9日、王政復古の大号令によって、明治新政府が発足し、慶応4年(1868)1月22日、摂津・河内・和泉の旧幕領を直接支配するために、大阪鎮台を新設しました。大阪鎮台は、西本願寺津村別院(現在の中央区本町)に置かれましたが、5日後の1月27日には、大阪裁判所(今日の裁判所を意味するのではなく、司法・行政の区別のないこれらを含んだ民政一般を司る役所の意。)と改称され、総督には醍醐忠順が任命されました。
 同年閏4月21日の政体書に府藩県の3治と定められたのをうけ、大阪裁判所を廃止して大阪府が設置されることとなり、5月2日に、旧西町奉行所が初代大阪府庁となり、初代知事として醍醐忠順が就任しました。

・大阪府歴史料 明治7年~明治11年
 この史料には、大阪府庁舎を西区江之子島に新築する内容が記載されています。
明治5年(1872)、大阪府は、官民共同の費用で西区江之子島に新庁舎を新築することを決め、明治7年(1874)7月に、敷地坪数2,319坪余、建坪624坪余、総工費5万300余円で落成しました。江之子島庁舎は、「洋館造リニシテ根石ノ高九尺煉化石ノ高四拾八尺物見ノ高百尺美麗ヲ盡コト他ニ比スルナシ」ということで、たちまち大阪の観光名所ともなり、当時の人々は“江之子島政府”と呼んだと言われています。

・秘書綴 明治17年~明治19年
 この文書は、明治19年(1886)2月1日、「堺区廃止ノ儀ニ付伺」として、堺区を廃して大鳥・泉郡に合するという内容の文書が、大阪府知事建野郷三から内務大臣山縣有朋へ提出されましたがのち取り止めとなり、2月19日、内務大臣官房長より書類が返還された文書が綴られています。

・訓令 明治38年
 この訓令は、明治38年(1905)12月2日、訓令第405号「ペスト予防事務取扱順序」が定められたことについて、大阪府知事高崎親章から庁中一般に出されたものです。

■展示期間  
 令和4年4月1日(金曜日)~9月30日(金曜日)
 ただし、土曜日・日曜日・祝日を除く
 午前9時~午後5時15分(最終日は正午まで)


■場所
 大阪府公文書館展示室
 所在地:大阪市中央区大手前2丁目1-22
     
■主な展示資料  
・風俗画報 ―第5回内国勧業博覧会図会―
・第5回内国勧業博覧会 観覧必携
・演説祝文原稿[綴]明治23年~大正7年
  件名:第5回内国勧業博覧会開会式勅語 外
・河内国第三区讃良郡萱嶋流作新田座式外 神明社景象図
・明治十二年七月調 官幣社明細帳
・明治四十二年神社創立合併復舊昇格(府社以下)
・府治提要草案
・大阪府歴史料 明治7年~明治11年   外

令和3年度歴史講座を開催しました
 大阪府公文書館では、歴史的価値の高い公文書などを身近に感じていただくとともに、これらの資料を保存し、後世に引き継ぐことの大切さを理解していただくために、歴史講座を実施しています。
 今年度は、令和3年11月17日、大阪府新別館北館多目的ホールで、コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策として、入場時の「大阪コロナ追跡システム」の登録や検温、マスクの常時着用等の御協力をいただき、座席間隔を十分取った上で開催しました。
 今回のテーマは、「公文書館所蔵資料にみる 明治時代の大阪」です。かつて「天下の台所」と呼ばれた大阪が「東洋のマンチェスタ―」と呼ばれるようになった頃の様子を、3つのサブテーマで振り返りました。
 当日の講座の概要などをご紹介します。

明治維新の大阪
 慶応4(1868)年正月、大阪に都を置く「大阪遷都論」が、大久保利通によって主張されました。大阪遷都は採用されませんでしたが、3月に明治天皇の大阪行幸を実現させました。
 明治初期の動きとして、明治2年5月に開校した化学の教育機関である舎密局(せいみきょく)(旧制第三高等学校(現京都大学)の前身)や、明治3年4月に設置された造兵司(その後、大阪砲兵工廠等に改称)、明治4年2月創業の造幣局、また、大阪大学医学部及び同附属病院につながる大阪仮病院及び同付属医学校の設置などを取り上げました。 

東洋のマンチェスタ―へ
 明治10年の西南戦争を契機としてにぎわった大阪に登場し、大阪の発展に大きく寄与した実業家を紹介しました。
新経済人の中核となって大阪の財界を再編し、その躍進を主導したのが五代友厚で、新時代にふさわしい経済秩序、とくに金融体系と信用制度の確立に真価を発揮し、大阪株式取引所(現 大阪証券取引所)や大阪商法会議所(現 大阪商工会議所)を創設しました。
 明治15年5月に第一国立銀行頭取渋沢栄一らが主導して大阪紡績が創立されました。大阪紡績の成功は、明治20年以降に大紡績工場が続々誕生した契機となりました。大阪の紡績業は全国的にも大きなシェアを占めるようになり、明治20年代後半には「東洋のマンチェスタ―」という表現も使われるようになりました。

公害問題
 明治10年に大阪府は「鋼折鍛冶湯屋三業取締法」を制定し、さらに明治13年に二項の規定が追加され、「公害」の語が最初に記されました。
また、明治35年には、大阪府会は知事に媒煙規制を最大急務と訴える「媒煙防止ニ関する意見書」を可決するなど、工業都市に発展を遂げる一方、発生した公害問題に言及しました。

講座を終えて
 今回は32名の方が参加され、熱心に聴講いただきました。短時間で内容も多岐にわたりましたが、おかげさまでおおむねご好評をいただくことができました。今後とも、皆様に喜んでいただけるような企画に努めてまいります。

[アンケート結果]
講師の講義や説明はわかりやすかったですか
 大変よくわかった   6名
 よくわかった    17名
 普通         6名
 ややわかりにくかった 3名
アンケート回答者数 29名

第36回大阪府公文書館運営懇談会を開催しました
 令和3年12月16日(木曜日)、第36回大阪府公文書館運営懇談会を開催しました。
 大阪府公文書館運営懇談会は、大阪府公文書館の運営の円滑化を図るために設置し、現在、歴史研究分野や行政法分野、情報化分野の有識者、歴史的文化的資産を扱う図書館や博物館の関係者の方々に委員に就任いただいています。
当日は6名全委員に出席いただき、活発な意見交換が行われ、これからの公文書館運営に関し、非常に有益な懇談会となりました。

[出席委員]
飯塚 一幸 大阪大学大学院文学研究科 教授
乾 ゆかり 大阪府立中之島図書館 大阪資料・古典籍課長
大久保 規子 大阪大学大学院法学研究科 教授(Webで参加)
澤井 浩一 大阪歴史博物館 学芸課長
林 真貴子 近畿大学大学院法学研究科 教授(Webで参加)
宮本 貴朗 大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科 教授

[議題]
・公文書館の運営状況について
・レファレンスの概要について
・歴史的文書資料類の収集・選別について
・公文書管理のデジタル化について

[主な議事概要]
・事業の概要として、令和2年度の登録増加点数や主な新規登録簿冊等について説明

[新規登録簿冊の主なもの]
・寄贈文書(検見帳(西島新田・矢倉新田)等) (1809年)
・新幹線道路網計画と将来交通量の推定(昭和36年度)
・なみはや国体 ニュースポーツの振興(平成6年度)
・関西イノベーション国際戦略総合特区(平成26年度)

・令和3年度のレファレンスの傾向としては、地名の変遷調査のための地形図や航空写真に関する照会、祖先の調査や郷土史研究のため神社または寺院の情報に関する問い合わせが多い。
・歴史的文書資料類の収集・選別について、その実務を進める過程として、歴史的文化的資料としての価値を有しているか、専門家の意見を聴く必要があるものについて、簿冊の概要や選別理由等をとりまとめた資料や簿冊原本により説明し、委員から意見聴取を行った。
・「行政文書の電子的管理についての基本的方針」等国の公文書管理の検討動向を踏まえ意見交換を行った。
・デジタル化は難しい。また、データベースの公開やシステムの構築に莫大なコストがかかる。
・保存時に検索ができるようにしておかないと大量のデータから必要なものを取り出せない。
・公文書管理の変化は、業務プロセス、仕事のやり方そのものが変わることまで考えないといけない。

 
住所
大阪市中央区大手前2丁目1-22 大阪府庁本館1階
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Fax
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